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東京高等裁判所 昭和26年(ナ)1号 判決

原告 宮川安朝

訴訟代理人 円山田作 外三名

被告 芦川村選挙管理委員会 代表者 委員長 藤原美貞

訴訟代理人 新野慶次郎 外三名

主文

本訴はこれを却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は「昭和二十六年一月十二日開催せられた山梨県東八代郡芦川村村長選挙の選挙会が市川千里馬を当選者と定めた処分を無効とする、訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求めると申立て、その請求の原因として、芦川村会は、昭和二十五年十一月五日芦川村長たる原告の不信任の議決をした結果、原告は芦川村長の職を失つたものとし、被告は同月十七日芦選告第三十九号を以て、芦川村長の選挙期日を同年十二月八日と定めてこれを告示したが、候補者の届出のあつた候補者は市川千里馬一人であつたので、昭和二十六年一月十二日開催せられた芦川村長選挙の選挙会は、市川千里馬を当選者と定めたのである。しかしながら前記村長たる原告の不信任の議決は、当日午後七時三十分頃村会が閉会せられた後、十一名の村会議員が村役場に参集し村議会を開会したと称して勝手に議決したものであつて、適法な招集に基ずき開会せられた村会における議決ということができないから、法律上無効のものであり、原告は村長の職を失つたものでない。

従つて本件村長選挙は法律上執行すべからざるものであるから、市川千里馬を芦川村長と定めた選挙会の処分は無効たるべきものである。原告は選挙人として公職選挙法第二百二条により、被告に対し昭和二十六年一月右選挙会の処分の効力について異議の申立をしたが、被告はこれが決定をしないので、県選挙管理委員会に対する訴願及びこれに対する裁決を経ていないのであるが、村政は一日と雖も等閑にすることができないのみならず、形式上二人の村長の存立することは村政運営上多大の障害があるから、行政事件訴訟特例法第二条但書の規定により直接出訴に及んだ次第であると陳述した。

被告は「本訴を却下する」との判決を求めると申立て本案前の抗弁として、村長選挙の効力に対し高等裁判所に出訴するには、公職選挙法第二百三条第二項により、第二百二条第一項の規定による異議の申立に対する決定及び同条第三項の規定による訴願に対する裁決を受けた後でなければならない。原告は行政事件訴訟特例法第二条但書の規定により、異議の決定及び訴願の裁決を経ないで出訴したものであると主張するが、公職選挙法第二百十九条によれば、公職選挙に関する訴訟については、行政事件訴訟特例法を適用する場合の条文を制限的に列挙すると同時に、公職選挙法において訴訟について特に規定のある場合はその規定が優先的に適用せられる旨規定しているところから見れば、同法第二百五条の選挙の効力に関する訴訟については、行政事件訴訟特例法第二条但書はその適用の余地がない。また公職選挙法は昭和二十五年四月一日法律第一〇〇号を以て公布せられ、同年五月一日から施行せられ、行政事件訴訟特例法は昭和二十三年七月一日法律第八十一号を以て公布せられ、同年七月十五日から施行せられている点から見るも、前者の争訟に関する規定は後者の特別規定と解すべきものである。殊に公職選挙法は、争訟の主体たる権能を広く一般選挙人及び公職候補者に与え、選挙の公正を確保し、公益的見地からいわゆる民衆訴訟たらしむる一方、争訟の目的は、選挙手続に関する規定違反であつて且つ選挙の結果に異動を及ぼす虞れある場合に限定し、一般選挙人及び公職候補者の権利の主張を完からしむると共に、権利の濫用を防禦したものであるから、行政事件訴訟特例法第二条但書は全面的に排除したものであると陳述し、本案について「原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、答弁として、村長たる原告の不信任の議決が、村会閉会後十一名の村会議員が勝手に議決したもので、適法な招集に基いて開会せられた村会における議決でなく、法律上無効であり、原告は村長の職を失つたものでないとの主張事実は、否認するが、その余の請求原因事実は全部認めると述べた。

理由

公職選挙法第二百十九条によれば、選挙の効力に関する訴訟については同法第十五章(争訟)に特別の定があるものを除いては、行政事件訴訟特例法第八条、第九条、第十条第七項及び第十二条の規定を適用する外、民事訴訟に関する法律の定めるところによる旨を規定しているが、選挙効力に関する訴訟中行政庁の処分の取消変更を求める所謂抗告訴訟に該当するものについてはその性質から考えてみても、行政事件訴訟特例法第二条を適用することを特に拒否しているものと解するには当らない。被告は公職選挙法と行政事件訴訟特例法との公布施行の日の前後を理由とし、前者の争訟に関する規定を以て後者の特別規定であるというが、単に公布施行の日の前後により、一の法律が他の法律に対する特別規定であるか否かを定めるべきではなく、両法律の規定の性質を比較考量してこれを定むべきである。行政事件訴訟特例法第二条但書の趣旨とするところは、異議又は訴願の申立があつた場合、決定庁又は裁決庁が長く決定又は裁決をしないため、速かに確定せらるべき処分が、その争訟の途をふさがれることその他正当の事由のあつたときは、直接裁判所に訴提起の途を開くにあつて、このことは選挙争訟においても殊に必要な規定であると解すべきが故に、選挙争訟中行政事件訴訟特例法第二条の抗告訴訟に該当するものについては、決定庁又は裁決庁が決定又は裁決を長く放置して顧みないとか、その他正当の事由があるときは、右但書の規定を適用するを相当とするものと解すべきである。仍つて本件について考えるに、原告が本訴において求めるところは選挙会が市川千里馬を当選者と定めた処分の効力を争うものであるから、行政庁の処分の取消、変更を求める所謂抗告訴訟に該当し、行政事件訴訟特例法第二条を適用すべき場合であるが、原告が本訴において同条但書に所謂正当の事由であると主張するところは、村政は一日と雖も等閑にすることができないばかりでなく、形式上二人の村長の存立することは村政運営上多大の障害があることを理由とし、異議の決定又は訴願の裁決を経ないで出訴に及んだというにあるが故に、かくの如き事由は、決定又は裁決を経ないで直接出訴し得る正当の事由とすることができないから、本件においては、原告は公職選挙法第二百三条第二項の規定により、異議に対する決定及び訴願に対する裁決を受けた後でなければ出訴することができないものといわなければならない。従つて原告の本訴はこの点において不適法であるから他の判断を省略し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条、第九十五条に従い主文のとおり判決する。

(裁判長判事 斎藤直一 判事 山口嘉夫 判事 猪俣幸一)

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